ちゃんとした自己紹介

まだお話ししていなかった自分のこと

みなさん、こんばんわ!

一番最初の投稿で簡単な自己紹介をしていましたが、ほんとに簡単すぎてこのblogに来てくれた人に失礼かと思いましたので、改めて自分の事をお話しさせて頂こうかと思いました。

私は昭和生まれの40代の男です。今勤めている会社はもうすぐ8年目ですが、その前からずっと営業職をやってました。

営業職について、絶対やりたくないと思っている人も多いかと思います。

  • ノルマがきつい
  • 客先でペコペコ頭下げないといけない
  • お客さんに何言われても笑って返さないといけない
  • 高い商品を話術も持って知識がない人に売りつける仕事

世間のイメージといえばこんなところでしょうか。

結構合っているところもありますね笑

私の今の職場で言うと、まずノルマはありません。ボーナスの増減はありますが。

また製造業向けの専門商社なので、相手もプロです。生半可な説明では決して買ってくれません。

何言われても笑って返さないと、はあります笑

先日も客先の社長にお前らの仕事は楽だよな。右から左に商品流して、それで中間マージン取って売上になるんだから」と言われました笑

なので言ってやりました。「この仕事の辛いところは、営業職を何も分かってない人から『お前らの仕事は楽だ』と言われる事です」と。

もちろん本当は言ってません笑

メーカーとお客さんの中間に立つ仕事なので、両方の言い分を聞かないといけないという辛さはあるかもです。

どちらか、ではなく両方の味方にならないといけないからですね。

けど私の性分として、営業職は合っているようです。

自分のアイデアや言葉のチョイスによって、お客さんの理解が深まったり、モノでなく人を売り、より良い関係性を築いて仕事をいただいたとき、それは自分の成長を感じる瞬間でもあります。

そんな自分の基礎はやはり、家の家業が大いに関係していたと断言出来ます。

小さい頃から鮎を焼いていた

私の親父は釣具屋兼あゆ漁師でした。

私の地元に流れている一級河川は、大きな鮎が獲れることで有名で、親父自身も子供の頃から学校が終われば釣竿を川に投げ入れ鮎を獲っていたそうです。

夏場しか獲れない鮎ですが、それだけでは家族が一年間食べていける稼ぎは無いので、漁が終わりを迎える11月ごろから翌年4月まで親父は出稼ぎに出ていました。

ある時、親父はお中元向けの鮎が余った時に、塩焼きにして祭りで売ったらどうだと考えたようです。

程なくして鮎の塩焼きが我が家のメインの収入源となりました。

もちろん私たち子供たちも手伝いに駆り出されました。

それが一体いつからか、記憶にないのですが、おそらく中学生の頃からだったような気がします。

そこで子供ながら、どうやったら商品が多く売れるか考えました。

鮎の塩焼きを出店すると、反応はとてもいいです。

「わー、見て鮎の塩焼き!!」「おいしそーー!!」「写真撮っていいですかー?」

それでも買う人買わない人、分かれてしまいます。

陳列が悪いのか、見た目が悪いのか、照明が暗いのか、価格表が分かりにくいのか、出展場所が悪いのか、親父の格好が汚いからか、食べる時手が汚れるのが嫌なのか、単価を100円上げるためにはどう売ればいいか、とにかく色々考えました。

相手の立場に立って、客観的に自分の言動を見る。

その作業を反復し、それが自然に出来るようになり、そして今の営業職にも役立っているのだと思います。

こうして営業マン&鮎の塩焼きマンが誕生した

経済的に余裕のある家庭ではありませんでしたが、子供の頃から「稼ぐ力」が身についていた事は親に感謝です。

今回、この「鮎の塩焼き」という家業を私が副業として引き受ける事になり、というかそういう決心をし、色々計画を練っている段階です。

サラリーマンとして今の会社を辞めるつもりはなく、あくまで副業として考えているのは、利益のほとんどは両親に年金として渡そうと考えているからです。

親父ももう歳だし、膝も腰も悪いし、母ちゃんだって同じです。

自営業の国民年金が少ないのは全日本国民の周知のことだと思います。

もう体が動かんのですわ。

平日はサラリーマンしてても、塩焼き出店するようなイベントは大体土日開催ですしね。

出店の情報もこちらで周知できればと思いますので、ぼちぼち待っていて下さい。

それでは、最後までありがとうございました!

おやすみなさい!!

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